さて、今日のテーマはシンプルかつ少し奇妙な現象についての話。
それは、「なぜ人は自ら進んで条件の悪いキャリアを選ぶのか?」という問題だ。
これは、わざわざ砂漠でトヨタのプリウスをオフロード走行試験させるようなものだ。
あるいは、綺麗に試験用に整備されたサーキットがあるのに、わざわざ泥だらけの農道でそのために設計されていないフェラーリ 488 GTBを全開にするようなものだ。
できなくはない。でも、それをやる理由は何だろう?
普通に考えれば、そんなバカな真似をする人間は博士号までとった人間にはいないはずだが、日本のアカデミアでは、それにかなり近いことが日常的に行われている。
いわゆる「ポスドク」というやつだ。
まず、日本のポスドク事情から見ていこう。
年収はざっくり言うと300万〜450万円。
任期は多くの場合2〜5年。更新は「あるかもしれないし、ないかもしれない」。実にスリリングだ。
社会保険はある。が、退職金は基本ない。
ボーナス?それは都市伝説に近い。
ここで一度、静かに考えてみてほしい。
博士号を取り、専門性を極めた人間の市場価格がこれだ。
一方で、同年代の修士卒は企業で普通に500万、600万と伸びていく。
実に興味深い。
努力すると収入が下がるシステムだ。
つまりこれは、「高い専門性を持つ短期契約労働者」という、なんともエレガントな言い換えができる状態だ。
任期付き。
更新は「評価次第」。
この“評価”という言葉、実に便利だ。
何が基準かは曖昧だが、とにかく不安定であることだけは確実だ。
つまりこれはこういうことだ。
「数年後に職があるか分からない状態で、安い給料で高度労働をする」
もしこれを企業がやったらブラック企業として炎上する。
だがアカデミアでは「修行」と呼ばれる。
名前を変えると、どうやら許されるらしい。
一方で、欧米のポスドクを見てみよう。
例えばアメリカ。
年収はだいたい50,000〜70,000ドル(約750万〜1,050万円)。
そしてここで面白いのは、これは「最低ライン」に近いということだ。
さらに、多くのポジションでは、
有給休暇:最低でも年間10〜20日(驚くべきことに 普通に取れる)
病気休暇:別枠
医療保険:ほぼ必須で提供
つまり、「研究者である前に、人間として扱われる」システムになっている。
実に奇妙だ。研究職なのに、生活が成立する。
ここで比較してみよう。
項目 年収 休暇
日本ポスドク 約300〜450万円 取りづらい文化
欧米ポスドク 約750〜1,000万円 制度として確保
この差を見て「どちらもポスドクだから同じ」と言える人は、
たぶんトヨタ プリウスとレッドブルのF1マシンRB21の違いも気にしないタイプだろう。
さて、ここで一つの疑問が浮かぶ。
「なぜ同じ“ポスドク”という名前なのに、ここまで違うのか?」
答えは単純だ。
「考えずに進路を選ぶ人が多いから」
「研究が好きだから博士へ」
「流れでポスドクへ」
この“流れ”というやつ、実に危険だ。
なぜなら、流れに乗るとたいてい滝に落ちる。
欧米では博士人材は「高度専門職」として扱われる。
日本ではしばしば「次のポジション待ちの人」として扱われる。
この違いは、ちょうどフェラーリ 488 GTBをサーキットで走らせるか、渋滞の都内でアイドリングさせるかの違いに似ている。
同じ性能でも、使い方が違えば価値は激変する。
では結論に行こう。
もしあなたがこれから進路を考えているなら、選択肢はこうだ。
① 修士で就職する
日本企業は修士人材を非常に高く評価する。
給与は初年度から400万〜600万円程度。
昇給、ボーナス、そして何より「継続性」がある。
驚くべきことに、生活が安定する。
② 博士に行くなら、海外ポスドクを前提にする
年収:日本の約2倍
環境:競争はあるが合理的
キャリア:企業・アカデミア両方に道あり
少なくとも、「やった分のリターン」はある。
英語?必要だ。
競争?激しい。
だがその代わりに、
「ちゃんと給料が出て、ちゃんと休めて、ちゃんと評価される」環境が手に入る。
これはトレードとしては、かなりフェアだ。
③ 何も考えず日本でポスドクをする
これは……まあ、自由だ。
自由だが、あまりおすすめはしない。
理由は簡単で、「わざわざ難易度を上げる必要がない」からだ。
ここで重要なポイントだ。
私は「日本でポスドクをするな」と言っているわけではない。
「何も考えずにそれを選ぶな」と言っている。
なぜならこれは、
- 不利な条件
- 低い報酬
- 不透明な将来
この3つが揃った、かなり完成度の高い“縛りプレイ”だからだ。
ゲームなら面白い。
現実では、あまり笑えない。
最後に一つだけ。
ポスドクになること自体は問題ではない。
問題なのは、「どこで、どの条件でやるか」を考えないことだ。
研究者は論理的思考のプロのはずだ。
であれば、自分のキャリアにも同じロジックを適用するべきだろう。
「とりあえず博士 → とりあえず日本でポスドク」
これはキャリアではない。
ただの惰性だ。
少なくとも、
「とりあえず博士 → とりあえず日本でポスドク」
というルートは、控えめに言って、あまり賢い選択には見えない。





