肉眼天文台

食メモとかたまに囲碁とか趣味についての雑記です

さとり世代とかについてのいろいろ言いたいこととか

まぁまず、僕は声優のすみぺさんと同い年のゆとり世代なんですが。
そもそも、僕はこういう○○世代みたいに言う風潮嫌いなんですよね。
子供にいじめするなって言う大人が、子供相手に理解しようともせずに勝手にレッテル貼って、みんなでそれに同調する感じ。
これ立派な弱いものいじめだと思うんですよね。

と、よくひねくれてると言われる思考の自分も、親から立派に物欲がないというレッテルを貼られて、その貼られたレッテルと違うことをすると、何を考えているかわからないだの反抗期だのと言われて、「自分の意見を持てるようになったのか」って喜んでやることもできないのかと。。。なんか途中からはもう親が望む自分を演じ続けるという迷走状態の結果として、「あぁ、この人たちには自分の声は届かないんだ」みたいな感じで、さとりました(実際はもっと複雑ですが、複雑に言ってもどうせ届かないと悟ってるので、分かりやすさのために正確さはほぼ捨ててます)

まぁ、結局こういうこと言葉にして書いてるのも分かって欲しいとか理解してくれとかいう軽いことじゃないんですよね。
繰り返しになるけど、理解してもらうことはもう諦めてるし、それを達成することに今さら意味もないし。←こういうのが悟ってるって言うんですかね笑笑
要はそのレッテル貼りのせいでこっちは年齢言うだけで色眼鏡通して見られて、とてつもない損害をくらってるって話なんですよ。

あとね、仮に物欲がないとか諸々悟ってるってのが事実だとしても、親の家での教育の問題も大きいと思うんですよね。
親が子供の代わりになんでもかんでも全部やったり、子供の決断を待たずに親が決めたり、手間隙を惜しんでお金で解決したり、実際はもっと好奇心あるうちに色々やりたいと心の中では思ってたことがあったのに、「やりたい」とか言う前に、あるいはそれを言葉にできずに、結果なにもさせてもらえなかったっていうケースとかあると思うんですよね。

子供の頃の自分の経験談で、これ言うと、笑われたり、そんな些細なことで?とか、言ってくれなきゃ分からない(←言う前に全部やられるだが?)とか言われて、結局聞く耳持たれないんでまた余計に悟ってしまうんですけど、
小さい頃に家族で鍋食べるときに自分でついでみたかったんですよね。いつもテーブルに座ったら、親が自分の器とってつがれて用意されてそれを食う。ある日、自分でやりなさいって言われたときがあったような記憶があるんですけど、自分が初めてで戸惑って手間取ってるのを少しも待ってくれなかったんですよね。それで器をとられてつがれて。。。また、なんか変なレッテル貼られてバカにされて
今となってはなんでそんな些細なことでって思うんですけど、今でも覚えてるくらいそんな些細なことが子供心には結構ツラかったんですよね。
もう今となってはよく覚えてないことも多いんですけど、たぶんそういう積み重ねでひねくれたり、さとって自分の意見を言わなくなったり物欲も失っていったのかなという考察ですね。

そして、ぶっちゃけここまでレッテル固められて、何もできない(自分でしたことがない)子供に育てられると、劣等感と失敗の繰り返しからの成功体験が少ないので本当に色んなことに自信を失うし、挑戦しようという気持ちも失うというかそもそもそういう気持ちを持てないんですよね(今はもうだいぶ改善されてますが)。

たとえその当時は嫌がったとしても時間がかかったとしても、今となっては、もっと色んなことを見るだけじゃなくて、時間がかかっても自分の手でさせて欲しかったなと思いますね。
その結果が今の自分の人生より良くなるかは分かりませんけど、、、
と、最近後輩とかの指導をしながら、なんでも自分でやってしまうと良くないなと、時間がかかってもちゃんと最後までやりきるのを待ってあげないとなと、眠れない夜に色々と考えてみた。